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2026年2月14日、イタリア。ミラノ・コルティナ冬季五輪のスピードスケート男子500mにおいて、一人のスケーターが日本中に勇気を与えてくれました。

日本男子短距離のエース、新濱立也(しんはま たつや)選手です。

結果は34秒466で6位入賞。惜しくもメダルには届きませんでしたが、2025年の交通事故による顔面骨折という絶望的な大けがを乗り越えてのこの快挙に、会場からは惜しみない拍手が送られました。
今回は、最強スケーターを育てたご両親や生い立ちについて、当時の貴重な記録とともに振り返ります。

新濱立也選手のプロフィール|3歳から始まった氷上の旅

新濱選手がスケート靴を履いたのは、わずか3歳の時。冬になれば身近に氷がある北海道別海町という恵まれた環境が、彼の才能を育みました。

【新濱立也(しんはま たつや)】
● 生年月日:1996年7月11日
● 出身地:北海道別海町
● 所属:高崎健康福祉大学職

「スケートが楽しかったので、ずっとスケートを選んでやっています」と語る通り、楽しみながら取り組む姿勢が、今の爆発的なスピードの源泉です。
中学3年で全国大会6位、高校3年でインターハイ二冠と、着実に階段を駆け上がってきました。

「ヒグマ」と称される迫力の滑り

183cmの恵まれた体格を活かした滑りは、まさに「ヒグマ」のような迫力。2015年の平昌五輪選考会での落選という悔しさをバネに、北京、そしてこのミラノへと魂を繋いできました。

父親は現役の漁師!息子が抱く絶対的なリスペクト

新濱選手のご家族は、父・母・兄・本人の4人家族。なかでもお父様は地元・別海町で漁師をされており、新濱選手にとっては幼少期からの憧れの存在でした。

「親父は漁師をしていて、朝がすごく早いんですよ。
それでも、仕事から帰るとケロッとしていて、中学校まではスケートの練習場まで連れて行ってくれていました。
いまもすごく応援してくれていて、尊敬しています。」

かつての夢は「父親の跡を継いで漁師になること」。寡黙に海へ出る父の背中が、今の新濱選手の勝負強さを支えています。

母親は「心の支え」|引退の危機を救った説得

お母様の職業は公表されていませんが、新濱選手のスケート人生を繋ぎ止めたのは、お母様の言葉でした。小学校高学年でスランプに陥り「スケートを辞めたい」と漏らした息子に対し、お母様はこう告げました。

「中学3年まではやりなさい」

この言葉に背中を押された結果、今の「世界の新濱」があります。また、別海町の牛乳や、お父様が獲った鮭を使った「鮭のちゃんちゃん焼き」など、栄養満点の食卓で息子を支え続けてきました。

レジェンド・清水宏保氏も認めるポテンシャル

かつての金メダリスト清水宏保さんと並んでも、その体格の大きさは一目瞭然。レジェンドたちからの期待を一身に受け、新濱選手は走り続けてきました。

まとめ:家族の愛を背負い、不屈の挑戦は続く

2026年ミラノ五輪での6位入賞。
それは、2025年の交通事故という絶望を乗り越えた、誇り高き勲章です。
故郷・別海町で応援するご両親、そして背中を追ったお兄さん。家族の絆がある限り、新濱選手の刃(ブレード)が止まることはありません。
これからも、私たちに勇気をくれる新濱選手を全力で応援していきましょう!